2018年2月12日月曜日

02/12 死別

こばわー。
へのみちです。


今日は、テレビは、ほぼ平昌オリンピック一色。
なので、朝食後、DVDを借りて家で1人鑑賞会です。
タイトルは「ウォーターサーバー」。
おいらは、海や船、冒険が大好きなので、ぴったりな内容。
魚の革の服を来た主人公たちが、海面上昇で地球のほとんどが海になった中、船で生きながら冒険するというお話。

面白かったのは以下。
・船上で実のなる植物を育てる。
・土が大切な取引アイテムである。
・真水を得るため手作りのウォーターサーバーがある。
・服は原始的な魚革製。
・スパイ映画のようなギミック満載の船。

こんな楽しい時間(130分位)を、86円で楽しめた。

さらに、家でポイントをポチポチ。
無限バブルというゲームで全ばぶるクリアという偉業を達成した。

また、外出時は、常に「暗歩」、「絶」、「気配遮断」などを使い、相手に全く気付かれずに移動している。
敵に発見される可能性を減らせるからね。

さて、現実逃避してないで、そろそろ書かないと・・。

この内容は、読者の皆様に、多大なダメージを与えてしまう可能性がある。

というかおいらの、この無名のブログを読んでいる方がいるのだろうか?

おいら自身も読者と考えれば、読者1人。
同盟国に救援を要請したら、同盟国の使者が1人やってきて、「援軍オレ1人!」みたいな?

さて、始めよう。

2017年2月~3月の約1か月。
この1か月は、何が何だか分からない激動の1か月だった。
不幸が束になって襲い掛かってきた1か月。

・2月6日(月)
信号待ちの途中、後続車に追突される(10:0で相手側過失)
・2月8日(水)
実兄が倒れる→心肺停止→救急車で搬送→植物状態。
・2月11日(土)
自宅で妻が倒れる→救急車で搬送→意識不明。
・2月13日(月)
妻の意識が戻る→脳障害、肝障害→24日まで看病。
・2月24日(金)
妻の死去
・2月25日(土)
妻の葬儀を葬儀会社と打ち合わせ
・2月26日(日)
妻の通夜式→お別れ会(会の途中で実兄が危篤になり、こちら側の家族が兄の元へ)→実兄の死去
・2月27日(月)
妻の火葬
・3月1日(水)
実兄の葬儀を葬儀会社と打ち合わせ
・3月4日(土)
実兄の通夜式
・3月5日(日)
実兄の告別式

今考えても、異常としか言いようがない。
現実感が全く感じられない。

もっとも、今のおいら自身も、フワフワとしていて、生きてる実感に乏しいのだけれど。

まあ、こんなブログを書いているのだから、生きているのでしょう。

2017年1月までは、こんな状態になるとは思ってもみなかった。


人は、こうも簡単に死んでしまうものなのか。



そして、今まで、ペットを亡くしたり、知人や親戚の葬儀に出席したけれど、葬儀が終わって帰宅すれば、家には妻が居て、日常の生活にすぐに戻っていた。



同じ職場に、配偶者を亡くした人が居ても、悲しみの深さがどれほどか、全く想像できていなかった。

ストレスのランキングの指標というものがある。
配偶者の死は、ランキング1位。

親族の死は、ランキング2位。
1位と2位を独占している。

また、夫を亡くした妻よりも、妻を亡くした夫の方がダメージはより大きく、その後の死亡率も高いという。

突然、事故で急死した場合に比べると、少しだけ、心の準備をする時間はあった。

とはいえ、人が亡くなった時というのは、悲しみにひたる時間さえ、与えてはもらえない。

病院から、葬儀会社への遺体の搬送、葬儀の打ち合わせ、通夜、火葬。葬儀が終われば、医療費の支払い、葬儀代の支払い、役所等への諸手続き、相続の手続き、遺品整理、墓の手配、49日の準備など。

毎日、病院に寝泊まりして、身体も精神も疲れ切っている。
追突された車の事後処理もしなければならない。
自分と妻の車2台、携帯2個となり、これらも1人分は売却する。

その間も仕事はこれまでと同じく続けなければならない。

仕事は平日で、役所への手続きなどは今まで妻にお願いしていた。掃除、洗濯などの家事も専業主婦の妻にお願いしていた。

その妻がいないのだから、どうしようもない。
家計がどうなっているのか、家のどこに何があるのか、これらを全て把握することに努める。

色々な手続きなどが全て終わったのは、半年位してからだろうか。

家に帰ると、真っ暗な部屋。

出勤時は、「行ってきます」に対する「いってらっしゃい」とハグしてのキス。

帰宅時は「ただいま~」に対して「お帰りなさ~い」というやりとりがあった。

遺品の整理をしていると、色々な記憶が刺激されて、その都度、手が止まってしまう。

出勤時の車の中では、妻のことを回想し、涙がとめどなく流れてくる。恐らく涙腺が決壊しているのだろう。

亡くなった人は、残された人の記憶では、美化されていくという。確かに良い思い出ばかりが鮮明に残っている。

悲しみから逃れるには、思い出さないようにすれば良い。
仕事中は、仕事に集中して、悲しみから逃れられる。

しかしながら、悲しみから逃れているということは、亡き妻のことを考えないようにしているだけなのだ。

妻が亡くなってから、妻からおいらには何のアプローチも無い。触れ合うことも、声を聞くことも出来無いのだから。

妻の声がどんなであったか、仕草や態度がどんなであったか。忘れるはずもないが、忘れてしまわないか?という不安がある。

なので、常に思い出し、記憶を保ち続けようとしている。

悲しみから立ち直る、というのは、妻を忘れることなのだろう。立ち直るのが良いのか、立ち直らないのが良いのか。

妻を忘れずに、それでも立ち直る、というのがベストなのだが・・。

おいらがもし、痴呆や記憶喪失になって記憶が失われたとしても、電子データとしてブログに残しておけば、この世界に残しておくことができるだろう。
なので、残しておこうと思う。

明日からは、2017年2月~3月の出来事を記録していく。

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